『やらずの雨を待っている』

誰もが梅雨明けを待ち望み、憂鬱な雨に心までが、沈みがちになる季節かと思います。

 

子供の時は、雨さえ玩具になり、水溜りからでも楽しみを探せたものですが、悲しい事に、いつからか楽しみ方も忘れてしまいました。 『やらずの雨』と言う言葉があります。

 

訪れてくれた方が、帰えってしまう事を引き止めるようにと振り出す雨。 そこから派生し、帰したくない方への言葉だったり、時間を少しでも止めておきたいという願いだったり、遠くへ行って欲しくない想いだったりするようです。

 

先月、施設にいる母親の面会がありました。 3年前、都内の施設から移動し、生まれ育った街で、通いなれた海もすぐそばにある母親の街。 春になったら、車椅子でも海を見る事が出来、風の香りを浴びる事が出来ると、悲しみの中から、何とか少しの楽しさを探していた矢先のコロナ騒動。この3年間、ほぼ面会禁止、途中再開されたものの月に一度のzoom15分という限定の有様でした。 会うたび衰弱していく母親を見ると、人間の尊厳さえ奪われしまうなら、いっそ、海に連れ出し、最期を迎えさせてあげたいと何度も何度も切に感じました。

 

例え、母のような障害の身体であっても、息をする為だけに生きてる訳ではないからです。 先月の母親は、3年前より明らかに衰弱し、言葉さえ発せない程でした。 老衰といえば、聞こえは良いですが、この3年間での廃用症候群の進行は増すばかりでした。もっと防げたはずなのに…。

 

やり場のない怒りの矛先は何処へ向けたらよいのだろうか? 改めて、母親が僕の命を紡いでくれたからこそ、今があり、何とか生きてるのだと思うと尚更、そう遠くないいつかという日を覚悟しなくてはなりません。 この生き地獄の中、それでも『仕事は?』『身体は?』と、片言ながらも問いかけてくれたものです。

 

尊厳さえ奪われた生き地獄から、もう解放してあげたいと、そして最後のさよならになるかもしれないと、何度もなん度も『今まで有り難うごさいました』と呟いて施設を出てきた次第です。

 

だけども、本当は違うのです。せめてもう少しだけと願いながら、『やらずの雨』を待っている僕がいます。 皆さんも、 心の何処かで、待っている雨がありますか? 

 

6月最週末のアナトミック骨盤ヨガ。 心の隙間に刺す雨を楽しんでいきましょう。

 

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